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勉強も登山に似て進むべき道を的確に

大学受験に成功する極意は、常に士気を高く保ち、受験対策への努力を継続していくこと。そのことに尽きます。とは言うものの、やみくもに勉強していても、合格できないのが受験の怖いところです。自己流、無手勝流で挑戦していたのでは難関校の合格は望めません。大学受験が登山に例えられるゆえんは、そこにあります。山登りでは、装備をきちんと整えて、正しいルートを進めば安全に山頂に到達できます。反対に、装備をおろそかにし、正規のルートを無視すれば、遭難の危険性も高くなるのは、自明の理でしょう。受験も同じことが言えます。受験勉強にも、登山ルートに似た定石が存在します。定石に沿って勉強することが、一番安全で確実な合格への道となるわけで、その定石を正しく教えてくれるのが学校です。言い換えれば、クラス担任は受験の道案内人。不明なことは、遠慮なく相談し、進むべきルート(進路)を的確に決めるよう心がけたい、ものです。プロ(先生)に道案内を頼んだときは、そのアドバイスには素直に従うこと。仮に、自分のやり方とは違う場合も、とりあえずは、先生のアドバイスどおりにやってみることです。それで効果が得られないときは、軌道修正すればよいのです。最初から、聞く耳も持たずの自己流を貫くのは感心できません。

記述させる問題の割合

最近は、年々記述させる問題の割合が高まっていますし、記述させる文章自体も長くなってきています。これは設問に応じた書き方をしなければならないので、単に日記をつける、手紙を書くといったことでは練習になりません。記述に関しては問題集をやるのがいいでしょう。ただ最初は、長い文章を書く問題には手をつけず、短い記述問題から始めるようにします。また、書いた文章のおかしさをつい指摘したくなりますが、しばらくは内容の出来にはこだわらず、夏休みが終わる頃までは書くこと自体をたくさんこなすようにします。いちいち指摘していると、お子さんが書くことに臆病になってしまいます。たくさん書いているうちに、だんだんと表現のコツを会得していくものです。

必要な技能を修得するようなタイプの教育

徒弟教育は職人の親方の下でその職業に必要な技能を修得するようなタイプの教育で、これなら実社会に出てからダイレクトに役に立つだろう。商人ならば読み書きそろばん、大工ならば測量や道具の使い方など、役に立つことだけを教えるのが徒弟教育であり、憲法はこれを廃して普通教育を受けさせる義務を定めた。徒弟教育では職業の変換が利かないということが、日本の近代国家化への足かせになると考えたのだろうし、また徒弟教育と称して、親に義務教育を忌避する理由を与えないという考えもあったのだろう。いずれにせよ、将来役に立つかどうかを問わない勉強を課すことにしたのだ。ここに意味がある。安倍内閣が推進した教育基本法の改正もコンテンツ主義に侵されている気がしてならない。2006年に成立した改正法では、第2条「教育の目標」という条文が新たに加わり、「教育は(中略)次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。一幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと」などと定めている。普通教育に達成目標を定めるのは憲法の精神を損なうもので、野暮としかいいようがない。